一人では生きていけない集団生活の習性を持つ人間にとって「他人」との繋がりは、生の根本的なモチベーションであると同時に、すべての感情の源であるに違いない。「他人」との繋がりを構成する最小単位でありながら究極的な目的地として、私たちは「家族」のことを考える。

 本展覧会に出展する3人のアーティストはそれぞれ、日本と韓国で90 年代初期に生まれ育ったクィア当事者という共通点を持っている。3人は生きてきた環境は違うものの、クィア・カルチャーにおいて保守的と言われる東アジアで、自身をクィアとして認識した過去の経験を共有している。さらには、結婚適齢期を迎え、周りの友人から結婚の知らせをよく耳にする歳になったにもかかわらず、未だに社会のシステムから恵まれず、結婚とは縁遠い生活を強いられる現実も共有しているのだ。

 夫になること、お父さんになること、気の置けない人と共に暮らし「家族」を持つこと。これらの極めて素朴な願いに違和感を感じざるを得ない社会の中で、私たちはこの共通意識を何らかの「形」に移す実践を試みる。これは一人のアーティストである以前に、一人の人間として、悩み続けた過去から新たなライフステージに上がってゆく記録とも言える。

 毎年東京で行われるプライドウィークの時期に併せて開催されるこの展示は、彫刻、写真、ドキュメンタリー映像などの多様なメディアを用いて構成される。それぞれが思い描く「家族」の在り方を芸術的な想像力で表現し、「正常家族」イデオロギーを強要される社会の中でクィア・アイデンティティーが発現・適応する過程やその可能性を示す場にしたい。
 As social beings, humans require the company of others and cannot survive as isolated individuals. For humans, forming connections with “others” is a basic motivating force in life and the source of all emotions. The artists involved in this exhibition contemplate the meaning of family, which is both the most basic unit for forming connections with “others” as well as an ultimate destination.

 The three artists in this exhibition are all queer people born either in Japan or South Korea in the early 1990s. Although the environments that these artists grew up in are all different, they all share the experience of coming to understand themselves as queer in East Asia, where views of queer issues are generally conservative. Moreover, despite reaching the age where their peers around them are getting married and forming families, these three artists share the reality of being denied participation in the social institution of marriage.

 Becoming a father; becoming a husband; opening one’s heart to another and forming a “family.” With a feeling of estrangement from such simple life goals, the artists in this exhibition attempt to transform this sense of unbelonging into physical form. These works can be described as a record of the moment where the artist—or rather simply, the human—must reconcile their past worries and concerns with new challenges that accompany a new stage in life.

 This exhibition, which has been scheduled to coincide with Pride Week in Tokyo, features a variety of media forms, including sculpture, photography, and documentary video. Each artist uses the language of art to express their own interpretation of “family,” and each work seeks to explore the meaning and potential of queer identity amidst the pressures of the ideology of the “normal family” in contemporary society.

Location

〒161-0033 東京都新宿区下落合2-6-3 堀内会館1F

JR高田馬場駅徒歩7分(下落合二丁目歩道橋そば)
会期|2021. 04. 29 Thu 〜 2021. 05. 10 Mon
休廊日|2021. 05. 06 (Thu)
時間|12:00 〜 20:00
連絡先|03-5996-8350
Google Maps
〔映像作品鑑賞に関する案内〕
ホン・ミンキの映像作品の上映スケジュールは下記の通りです。(1日8回、上映時間約40分)
12:00~ / 13:00~ / 14:00~ / 15:00~ / 16:00~ / 17:00~ / 18:00~ / 19:00~

Exhibition

Talk Event

「家族写真」は完璧なもの?

久保豊 × 寺田健人
 CMやアニメ、映画など私たちの身の回りには家族の表象が溢れています。また、「家族写真」は写真機が発明されてから今日に至るまで、世界中の人々によって撮られ、家庭内部から家族の表象を生産しています。このような家族表象から私たちはどのような影響を受けてきたのでしょうか。戦後日本映画やホーム・ムービーを専門に研究されている久保豊さんをお招きし、日本における「家族写真」の影響やその限界についてトークを行います。

久保豊|Yutaka Kubo

金沢大学 人間社会研究域 歴史言語文化学系 准教授
日本映画に描かれる性的マイノリティ、同性間の親密性、特定の社会規範から逸脱すると考えられる「何か」のイメージをクィアな視点から分析するだけでなく、どのような製作形態のもと映画作品が出来上がり、どのような形(映画祭や映画館での上映、DVDなど個人的な映画体験)で受容されているのかについて研究を行なっている。主な企画に、早稲田大学演劇博物館 2020年度秋季企画展 「Inside/Out ――映像文化とLGBTQ+」

これからの家族のあり方について
〜家族法の観点から〜

松田和樹 × パク・サンヒョン × 寺田健人
 日本では2015年、渋谷区の「男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を皮切りに、同性パートナーシップ証明制度が全国に広がっています。しかし、家族として法的に認められてこなかった人々はそれによって様々な問題を抱えており、パートナーシップの更なる展開、あるいは別の方法での「共同体」が必要なのではないでしょうか。これからの家族のあり方について、家族に関する法律を専門に研究をしている松田和樹さんを招いてクロストークを行いパートナーシップ制度、婚姻制度の限界や別の家族形態の可能性を探ります。

松田和樹|Kazuki Matsuda

日本学術振興会特別研究員(DC1)
1991年大阪生まれ。早稲田大学比較法研究所助手。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得満期退学。専門は法哲学。主な論文に「同性婚か? あるいは婚姻制度廃止か?:正義と承認をめぐるアポリア」(国家学会雑誌131巻5・6号、2018年、1-64頁、日本法哲学会奨励賞2018年期論文部門受賞、第12回社会倫理研究奨励賞受賞)。

韓国の家族主義とクィアー
ドキュメンタリー映像表現について

キム・ギョンムク × ホン・ミンキ
 2000年代初期から多数の作品を発表してきた映画監督、キム・ギョンムクさんを招いて、ホン・ミンキさんと対談を行います。ホン・ミンキさんの作品を中心に、韓国社会特有の家族主義的な文化の中でクィア当事者として思うことや、それを作品にすることになった経緯について話します。さらに、ホン・ミンキさんの映像で観られる3D 及び仮想現実を用いた表現法についてより深く話してもらい、ドキュメンタリー映像としての表現の可能性を探ります。(日本語字幕)

キム・ギョンムク|Kyungmook Kim

フィルムメーカー
劇映画、ドキュメンタリー、ビデオアート、映像インスタレーションなど、多様な形式と媒体を用いた製作を取り組んできた映像作家。2004年短編ドキュメンタリー「Me and Doll-playing」でデビュー、2005年「Faceless Things 」、2011年「Stateless Things」、2014年「Futureless Things」など多数の映画を製作した。これらの作品はヴェネツィア、ロッテルダム、ロンドン、バンクーバー、シドニー、ブエノスアイレス、香港など、世界有数の映画祭とMoMA、New Museumなどの美術館でも上映・展示され多数の賞を受賞。

Brochure

「人間臭さを勝ち取るための実践」冊子ができました。

¥500

消費税・送料込み

 作品の図録に加え、トークイベントの文面とトークの動画に継続してアクセスできるQRコードが掲載されています。本展に参加する作家たちの紹介と作家たちのテキストもお読みいただけるなど、コンパクトでありながら充実な内容となっています。さらに、展示グッズとしてオリジナルデザインのステッカーも冊子と一緒にお送りします。
・商品画像はイメージです。
・2021年4月29日からご注文のWEB受付を開始します。
・会期中はギャラリーでもご購入いただけます。
冊子のご注文はこちら

Artist

パク・サンヒョン|Sanghyun Park

  • 1991年 ソウル生まれ
  • 2016年 ソウル大学 美術大学 彫塑科卒業
  • 2016年 ソウル大学 人文大学 アジア言語文明学部 日本言語文明専攻副専攻
  • 2020年 東京藝術大学大学院 美術研究科 先端芸術表現専攻修了
  • 現在、東京藝術大学芸術情報センター 教育研究助手
 パク・サンヒョンは、個人の歴史と社会や土地との相即不離な関係を一つの「風景」として捉え、形ある「モノ」に移す取り組みを行なっている。彫刻を軸とした多様なメディアを用いることで3次元空間での可変的な表現の可能性を目指し、毎度その風景を新たに構成することを試みる。今回の展示ではパートナーと共に過ごす日々の中で遭遇した刹那的な瞬間―風景―から着想を得て、主に自然的なモチーフを造形として解釈する実践を試みる。ライトやモーターなど、簡易的な装置によって具現される風景は、極めて人工的な手法を用いて再構成され、彫刻によるドローイングのような身軽い表現の可能性を提示する。

寺田 健人|Kento Terada

  • 1991年 沖縄県生まれ
  • 2017年 沖縄県立芸術大学 美術工芸学部 芸術学専攻卒業
  • 2019年 東京藝術大学大学院 美術研究科 先端芸術表現専攻修了
  • 2021年 横浜国立大学大学院 博士後期課程 Y-GSC 在籍
  • 2014年 第1回WORKSHOP フォトネシア写真学校ポートフォリオレビューにて審査員賞( 森栄喜選)
  • 現在、東京藝術大学先端芸術表現科 教育研究助手、京都芸術大学 通信教育部 写真コース 業務担当非常勤講師
 寺田健人は、社会が作り出した「性」や「生まれ」に関する諸規範によって人々の行動・思考が決定されていく性政治に関心を持ち、ラディカル・フェミニズムが生み出した「個人的なことは政治的なこと」の実践として、主にパフォーマンスと写真を軸にして制作を行なっている。今回の展示では、異性愛規範的な思考を一つの「病」として扱い、存在しない妻と娘の幻覚をみるゲイ男性を演じ、そのパフォーマンスをセルフポートレートと家族写真で構成した。「家庭内の父」を誇張し演じることで、現在でも日本に蔓延っている異性愛主義的な家族を基準と捉える家族観を懐疑的に捉える。「家族アルバム」はある家族の歴史や絆を深めるために家族構成員に共有されてきたが、本シリーズは架空の家族アルバムを展示会場に作り上げていくことで、家族を誰でも入れるような箱として提示する。

ホン・ミンキ|Minki Hong

  • 1992年 ソウル生まれ
  • 2016年 ソウル大学 美術大学 彫塑科卒業
  • 2017年 The 17th Seoul International NewMedia Festival, Glocal Propose X Best Propose 受賞
  • 2021年 韓国芸術総合学校 マルチメディア映像科在学
 ホン・ミンキは主に社会・政治的な争点にまつわるドキュメンタリーを製作し、最近はクィア・アイデンティティに関する研究を進めている。今回の展示では実の兄が結婚によって安定した社会のシステムに乗り込み始めた一方、兄と同じくらいの時期に外国人の彼氏と恋愛を始めたものの、結婚・ビザなどの制度的な限界にぶつかる状況の中で日に月に代案を模索しなければならない生活に焦点を当てる。それとともに、結婚適齢期を迎えたクィアの構成員を持つ異性愛家族の経験談を通してカミングアウト及び結婚に対する韓国社会の現住所を当事者たちの視点で解き明かす育成シミュレーションゲーム形式のドキュメンタリーを製作する。